先日 男の甲斐性は?という話が出ているのを見ました。
日本人の今の感覚だとすると、
稼げることとか、名声とか、自己実現とか
じゃないかと思うのですが、
イスラエルでは、
どんな子どもを育てたか
ということが、男の甲斐性らしいのです。
心の底からびっくりしました。
でも納得もしました。
優秀な人材をたくさん輩出している国イスラエルにおいて、家庭での教育の大切さと、
その教育をお父さんがするということに、大納得してしまいました。
日本でも
特に一流のスポーツ選手の向こう側には
お父さんの存在がある人がとても多いです。
イチローが世の中に出てきたとき
チチローと騒がれたくらい、お父さんが小さい頃からイチローに教えてこられたことが報道されていました。
小さなころからこつこつと続けてきたことは、お父さんの教えだったということです。
松井秀喜も、吉田沙保里も、お父さんの影がちらつく人は少なくありません。
私の大好きな藤井風というアーティストもお父さんの教えが深く根付いている人物です。
日本では、子育ては母の仕事、父親は、外で仕事をして、家族を養うことに重きを置くところがあるように思います。
だから、
子どもが問題ごとを起こしたりすると、お父さんが、
お前の教育がなってないからと、お母さんを怒鳴ったりするようなのは、普通の感覚かもしれません。
世のお母さんたちは、子どもの教育もしつけも一手に引き受けなければならないワンオペ育児というのが、
単語として確立し、
イクメンという言葉は、いいお父さんの代名詞のように重宝がられるようになっています。
イスラエルの考えからすると、
イクメンなんて、当たり前なのです。
子どもを一人前にするための教育はお父さんの仕事であり、
その仕事をどのようにやり遂げたかということが、男としての甲斐性だと言うのですから、
日本とはあまりにも違うように思います。
今、放送されている大河ドラマを見ても感じます。
素晴らしい人物の足跡は、小さい頃からひも解くことができて、
その当たり前の感覚は、お父さんから受け継いでいるものが多いのです。
渋沢栄一さんのお父さんも人として立派な人だったんだろうとわかります。
もちろん、シングルマザーの子どもさんがダメというわけではありませんが、
男の感覚での教育、父性をもってする教育が大事だとは、やはり感じるのです。
私の父は、昭和10年生まれで、終戦を10歳の時に迎えています。
そのあと、中学を卒業して、鹿児島から、集団就職で、大阪に出てきて、尼崎に移り住み母と結婚し私が生まれました。
大学に行ったわけでもなく、父の場合は、お父さんが10歳くらいの時に病気で亡くなっているので、
お父さんからもそれほどの教育を受けていたとは考えにくいのですが、
末っ子だったこともあって、
教えを請うていたのは父のように慕っていた年の離れたお兄さんだったようです。
そのお兄さんがとても優秀な人で、父は、お兄さんから、基本的なことを学んでいたのだろうと思います。
お兄さんだって、10も離れていなかったはずなので、
もうその頃には人物として仕上がっていたと思うと、昔の人はすごかったとしか言いようがありません。
それでも、本当なら、大学とかを出た人の方が賢かったり偉かったりするものではないかと思うのですが、
友達のお父さんのことを聞かされたりしても、
私は、私の父が劣っていると思ったことはなかったし、むしろ、立派だと思っていました。
いろんな分野に才のあった人でもありましたし、家にはボロボロになった辞書が何冊もあって、
私が、学校で習ってきたことの中で、新しく聞く話などは、興味深く調べたりしていたようでした。
ずっと生涯、勉強しているような人だったし、道徳的なことは、何をおいても重要で、そこを怠ると鉄拳が飛ぶというような、
厳しくて、優しい父でした。
だから男の甲斐性が子どもへの教育なら、
私は、父以上の教育を、子どもにしているお父さんはそういないだろうと思えるほど、
家で、父から学んだことが多かったと確信できるので、父は甲斐性があった人なのだといえると思います。
戦前の昭和17年に文部省から発行された、小学5年生向けの國史の教科書を読み進めていく勉強を私も今しています。
古事記もそれをきっかけに知りました。マンガ古事記みたいな本でもいいから一通り知っておかなきゃいけない気がしています。
戦前の多くの日本人が、父親から当たり前に教わっていたこと、
多くの日本人が、寺子屋で学んでいたことくらいは知っていないと、
大人と言えないくらいの、恥ずかしさを感じます。
そして、自分が、怠ったことが、次の世代に必ず影響するんだという自覚をもって、残りの人生、
大人としての自覚を忘れずに生きていきたいと思います。